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第3回日越伝統木造建築交流会議

日程

2014年10月24日(金)~10月29日(水)
10月24日9:30
17:10
成田発
HUE ホテル着
10月25日8:30
13:30
第3回日越伝統木造建築交流会議
修復中の建物の見学・現地調査
10月26日8:30ハノイ市内自由視察
10月28日8:30
0:20
民族博物館視察
ハノイ発
10月29日7:00成田着
(成田は日本時間、ほかは現地時間表示)


会議  本会とベトナム・フエ遺跡保存センター共催による第三回日越伝統木造建築交流会議が、2014年11月イタリアのフィレンツェで開かれるユネスコ・イコモス委員会への準備会議として、イコモス委員等の参加を得て、2014年10月25日にベトナム中部のトゥアティエン=フエ省にて全日本建築士会の会員など9名と王宮などの歴史的建造物群を監理する同省のフエ遺跡保存センターの関係者20名以上の多数の関係者の参加により開催された。

伝統木造建築交流会議

10月25日(土)午前8時から王宮内の劇場「閲是堂」で国際会議「アジアにおける木造建築遺産の保存:日本とベトナムの実例から――フエの世界遺産のための管理計画の策定」を主題に開催しました。

ファン・タン・ハイ フエ遺跡保存センター所長の挨拶で始まり、トゥアティエン=フエ省知事のご挨拶後、キャサリン・ミュラー・マリン ハノイ・ユネスコ事務所長よりベトナムの伝統木造建築の現状の報告がなされ、その後、日本側、ベトナム側双方より講演が行われた。

william 講演者
 ウィリアム・ローガン イコモス委員
 中川武 早稲田大学教授、日本イコモス国内委員会委員
 ダン・ヴァン・バイ ベトナムユネスコ世界遺産委員会委員
 中村光彦 全日本建築士会専務理事、日本イコモス国内委員会委員
 トラン・ミン・ドゥック 生物科学技術機関所長
 海老原忠夫 全日本建築士会副会長
 今井正敏 全日本建築士会理事
 ファン・タン・ハイ フエ遺跡保存センター所長
 ホアン・ダオ・キン 国内文化遺産協会委員


william  william  william 

午門や修復中の建物の見学・現地調査

william  会議の当日、王宮内の現在も修復が続けられている午門や修復中の建物をフエ遺跡保存センターの所員の案内のもと見学を行った。

 阮(グエン)朝王宮はフォーン側の北岸にあり、十七世紀ごろから造られた城塞を、阮朝の支配となった1803年から二十数年かけ、北京の紫禁城をモデルとして大規模に増築した王宮であり、約600m四方の堀と城壁で囲まれています。四方には南の「午門」をはじめ四つの門が造られました。王宮の正門にあたる午門は、高さ約十七mの石畳状の二層式の中国風の建物で、五つの門口のうち、皇帝のみが使用する中央の門には鳳凰が描かれています。1945年、十三代バオダイ帝が、全土に向けて阮王朝の終焉を宣言したのもこの門である。ベトナム戦争でほとんどの建物が破壊されてしまったが、現在行政が行われていた太和殿や歴代皇帝を祀った世祖廟などが復元されている最中である。王宮全体の復元作業は今も続けられている。

建中樓跡、修復中の午門、修復中の太祖廟を現地調査し、日本側参加者とベトナム側参加者双方の間で、修復へ向けての具体的な意見交換がなされた。
 午門については「具体的な修復の前に正確な調査をした方がよいのではないか」「後に見た際に判別するために修復時には伝統様式での修復ではなく現代技術での修復の方が良いのではないか」等の意見が日本側から提案された。

 王宮の午門は、入宮のための門であり、ミンマン帝期創建、カイディン帝期に再建された。高さ約17mの石畳状の二層式の中国風の建物で、門口が5つあったが、中央の門は皇帝の外出時にしか使用されません。皇帝が使用する門だけに鳳凰が描かれている。2014年10月現在、午門は修復工事中のため、一般の方は門の上には登れないが、フエ遺跡保存センター所員の案内の下、修復作業中の門の上を見学を行った。

 太祖廟はフエの阮朝王宮内の太和殿の東側に南向に位置しています。背後(北側)には肇祖廟が控えています。1802年に仮に建立され、その後1804年に肇祖廟とともに改めて建立されました。太祖廟は明の太祖廟の制度に倣っています。1807年には黎文豊を責任者として太祖廟が修復され、1819年にも張進宝・阮文雲・阮科明らによって修復され、その徭役にあたった兵士に銭5,000緡を賜っています。この時祭器もまた修理されています。1820年には太祖廟の神厨・神庫が修理され、1823年にも修理が実施されています。太祖廟は歴代阮主を祀っており、歴代皇帝を祀る世祖廟とは中央軸に対して東西対称に位置しています。1889~1907年に修復が行なわれましたが、1947年にフランス軍との交戦によって破壊されました。現在太祖廟は復元されていますが、瓦屋根はトタン屋根になる等、状態はよくありません。阮朝の初代皇帝であるザーロン帝が最も重視した太祖廟は、現在では荒廃を極めています。ただし付属施設の隆徳殿は1832年建立当初の姿を留めています。

ホイアン歴史的建造物修復状況視察

世界遺産にも登録された歴史的伝統木造建築の集積地であるホイアンで、ホイアン遺跡管理事務所の案内により修復された歴史的住宅を見学。

馮興家(フーンフンの家)は、約200年前に貿易商人の家として建てられた木造建築で、ベトナム、中国式に加え、屋根には日本の建築様式も取り入れられている。1階の天井には、洪水の際に2階に商品を運び上げるための窓が造られているなど、随所に生活の工夫が見られる。内部はみやげ物店も兼ねている。2階の露台からは、来遠橋など風情のある町並みが眺めることができる。

 また、貿易陶磁博物館(海のシルクロード博物館)は、約200年前に建てられた2階建ての代表的民家がそのまま博物館になっており、ホイアンの周辺で発掘された陶磁器の数々、沈没船から引き揚げた遺物など約100点が展示されている。日本人町や御朱印船を描いた絵巻の写真などからは、ホイアンでの日本人の暮らしの一端が垣間見られる。この貿易陶磁博物館は日本からの技術的・財政的援助を受けて修復がなされている。
住宅 住宅
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